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映画『富夫』

 レンタルビデオショップで『富夫』なるタイトルを見かけました。手に取ると、伊藤潤二の文字が!
 おお、『富江』の男性バージョンか。
 と短絡的に思っちゃいました。すなわち、不死身で増殖能力を持つ男性(富夫)が自分に惹かれる女性を恐怖のどん底に陥れる物語である、と。
 ジャケットの解説も読まずにレンタルすることを決定。予備知識はないほうが楽しめますからね。帰宅して、すぐさま鑑賞しました。ところが……。
 ありゃ? 違う、違うぞ。
 確かに主人公の男性の名は富夫ですけれど、あの富江の男性バージョンではなかったのですね。富夫は謎の占い師(魔女?)に憑かれて、ひどい目に遭わされちゃいます。う~~ん。やはり怖いのは女性で、男性は餌食ですか(苦笑)。
 このDVDには『富江 アンリミテッド』の予告編も収録されていました。映画『富江』の第8作とのこと。

 これは観なければなりません。なりませんとも!
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映画『メガ・ピラニア』

ボーンヤード.jpg 通常は小さな生物が何らかの理由で巨大化し、人間を襲う。――モンスター・パニック映画の常道でありますね。正直なところ、こういう映画には完全に食傷していまして、よほど斬新な要素がなければ観る気にはなりません。
 たとえば数年前に観た『ボーンヤード』――
惹句.JPG
 はい。思い切り楽しませてもらいました(笑)。
 ということで、映画『メガ・ピラニア』です。ピラニアが巨大化したところで、特に目新しさは感じないのですけれど、この映画の場合、その巨大化が半端ではありません。ここまでやってくれると、よっしゃ! なのであります。
 ストーリーは大したことないし、ラストも今ひとつですが、超巨大ピラニアを見ているだけで楽しかったです。

【追記】
レジェンド・オブ・タイタンズ.jpg ふと思い出しました。
 斬新な巨大モンスター映画といえば、数ヶ月前に観た『レジェンド・オブ・タイタンズ』もなかなかのものでした。巨大なミイラが暴れ回るんですよね。
 といっても、普通のミイラが巨大化したわけではなくて、巨人族のミイラ。――つまり、元々でかいんです。
 こういうのは私好みで、映画の面白さとは別の面で楽しんでしまいました。
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「あり得ない」

 今朝の「中日新聞」1面の見出しです。
新聞.JPG 朝起きて目にした瞬間、不謹慎とは思いつつも、笑みを浮かべてしまいました。「あり得ない」って、どういう意味なんだろうと思っちゃったんですよね。
「あり得ない」は最近、言葉通りの意味で使われていないケースをしばしば耳にします。私が「あり得ない」と言う場合は、本当に「あり得ない」事象に対してですけれど、一般的には(ことに若い世代では)そうではないみたいなのですよね。
 たとえば――
「食事に誘われて、ついていったら、牛丼屋なのよ」
「あり得な~い」
 とか……。つまり、「充分に起こり得ること」であっても、それが自分にとって不快や不利益なことであれば、「あり得ない」と表現されるようなのです。
 う~~~ん。こういう言語感覚は私には全く理解できません。
 東京電力・原子力設備管理部の「あり得ない」という判断は、いったいどういう意味なのでしょうか。その報告を聞いた関係者は、どういう意味と理解したのでしょうか。
 で、ふだん気楽に、「あり得る」ことに対して「あり得ない」という言葉を使っている人たちはこの記事をどう読むのでしょうか。
 考えれば考えるほど混乱してしまいます。
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『生命のふしぎ』のSF短編

 今年6月16日の記事『生命のふしぎ』の補遺です。
 ゆえあって、『生命のふしぎ』で粗筋が紹介されているSF短編(作者名もタイトルも記載なし)の書誌情報を書いておくことにしました。(ページ数はオンデマンド版に準拠)

◎52ページ:ロバート・シェクリイ「ひる」
 グルフ・コンクリン編『宇宙恐怖物語』東京元々社・宇宙科学小説シリーズ(1957年刊)
 グロフ・コンクリン編『宇宙恐怖物語』早川書房・ハヤカワSFシリーズ(1962年刊)
『無限がいっぱい』早川書房・異色作家短篇集(1963年刊)
 福島正実編『破滅の日』芳賀書店・ハガSFシリーズ(1973年刊)
 福島正実編『破滅の日』講談社文庫(1975年刊)
『無限がいっぱい』早川書房・異色作家短篇集(1976年刊)
 中村融・山岸真編『20世紀SF②1950年代 初めの終わり』河出文庫(2000年刊)
『無限がいっぱい』早川書房・異色作家短篇集(2006年刊)

◎70ページ:ウィリアム・テン「クリスマス・プレゼント」
 ジューディス・メリル編『宇宙の妖怪たち』早川書房・ハヤカワファンタジイ(1958年刊)→のちにハヤカワSFシリーズ
 福島正実・伊藤典夫編『世界のSF(短篇集)現代篇』早川書房・世界SF全集(1969年刊)
 福島正実編『クレージー・ユーモア』芳賀書店・ハガSFシリーズ(1973年刊)
 福島正実編『時と次元の彼方から』講談社文庫(1975年刊)

◎158ページ:ジョン・ウィンダム「同情回路」
「宇宙塵」1959年7月号(№23)
「SFマガジン」1965年9月号(73号)
『時間の種』創元推理文庫(1966年刊)

◎171ページ:ピーター・フィリプス「失われた記憶」
 グルフ・コンクリン編『宇宙恐怖物語』東京元々社・宇宙科学小説シリーズ(1957年刊)
 グロフ・コンクリン編『宇宙恐怖物語』早川書房・ハヤカワSFシリーズ(1962年刊)

◎178ページ:アルフレッド・ベスター「イヴのいないアダム」
 マッコーマース編『時間と空間との冒険』東京元々社・宇宙科学小説シリーズ(1957年刊)
 R・J・ヒーリイ&J・F・マッコーマス編『時間と空間の冒険№1』早川書房・ハヤカワSFシリーズ(1966年刊)
『願い星、叶い星』河出書房新社・奇想コレクション(2004年刊)

『生命のふしぎ』の発行は1959年9月ということで、星新一が読んだのは以下の本や同人誌と思われます。もちろん原書で読んだのかもしれず、推測に過ぎませんが。
宇宙の妖怪たち.jpg 宇宙恐怖物語.jpg 時間と空間の冒険.jpg 宇宙塵.jpg
【註1】『宇宙の妖怪たち』:書影は(私の所有している)ハヤカワSFシリーズ版ですが、星新一が読んだのはハヤカワファンタジイ版と思います。
【註2】「同情回路」:掲載された「宇宙塵」は1959年7月号ですが、この号の編集担当は柴野拓美ではなく、星新一でした。発行される前に読んでいるはずです。

【蛇足】
 この記事でちらと触れた「バンビ・ブック」に星新一は「小説・映画にあらわれた円盤」を寄稿しています。
> シェクレイの考え出した宇宙生物は,エネルギーを吸収して大きくなる性質です。
>攻撃すればするほど成長して手がつけられない,とはこのようなものでしょう。
 お気に入りだったのでしょうね。>「ひる」
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「想像力が未来を拓く」

 NHK『クローズアップ現代』の「想像力が未来を拓く~小松左京からのメッセージ~」を観ました。本日19:30~19:58PM放送の予定でしたが、直前に北海道で地震が起こったため、2分遅れのスタートでした。
 内容は……。う~~~ん。浅いですねえ。もちろん、30分足らずで小松左京を語り尽くすことなど不可能なわけで、それを考えれば、コンパクトにまとめられていると言えないこともないのですが、それでもやっぱり「浅い」という想いは禁じ得ませんでした。楽しみにしていただけに、ちょっぴり残念です。
復活の日.JPG 本棚.JPG
 番組の内容とは別に、個人的に楽しめたのは、まずは番組冒頭に映った著作の数々。――おっ。日本SFシリーズ版『復活の日』に帯が付いてるぞ。珍しいなあ。
 そして、石川喬司さんの本棚。――『SFファンタジア』だ。素晴らしいSFガイドブックだったなあ。あれ? 6巻が抜けているのはなぜだろう。
 明らかに、間違った楽しみ方であります(苦笑)。
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映画『放浪の王子』

 映画『放浪の王子』を観ました。『失はれた地平線』と同年、1937年の映画です。
放浪の王子.jpg 原作はマーク・トウェイン『王子と乞食』です。好きなんですよねえ、『王子と乞食』。マーク・トウェインといえば、一般的には『トム・ソーヤーの冒険』が最もポピュラーでしょうし、SFファンは『アーサー王宮廷のヤンキー』を思い浮かべるかもしれません。また、短編の名手でもあり、リドル・ストーリー「中世のロマンス」(この記事参照)は忘れ得ぬ傑作です。
 いずれのマーク・トウェインも好きなのですが、『王子と乞食』は格別なんですよね。小学生のときには子ども向けの翻訳を読み、中学にはいってからは大人向けの訳書を読みました。何回読んでも面白いんです。
 ということで、映画『放浪の王子』です。
 飽きることなく楽しく観ましたけれど、原作のファンからしたら今ひとつですね。多くの魅力的なエピソードの大部分がカットされ、粗筋に過ぎません。これでは『王子と乞食』本来の魅力の2割か3割しか表現できていないと思います。う~~~ん、残念。

 以下の書影は、私が初めて読んだ大人向け訳書『王子と乞食』角川文庫(52)と、トウェインの作品集2冊です。
『マーク・トウヱーン名作集』改造社・世界大衆文学全集(29)
 共函入りで、カップリングされているのはデュマ『三銃士』です。
『貴族病患者 マーク・トウヱーン名作選』東西出版社(46)
王子と乞食.jpg マーク・トウヱーン名作集.jpg 共函.jpg 貴族病患者.jpg
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『新電気未来物語』

 石原藤夫『新電気未来物語』栄光出版社(71)を読みました。近未来予見SFです。未来と言っても物語の舞台は21世紀の初めでして、つまり、ほぼ現在になっていますが……。これは近未来小説の宿命ですね。
新電気未来物語.jpg この作品は連作長編の形をとっています。各話は10ページほどと短く、連作ショートショート集と言ってもいいかもしれません。
 石原藤夫は「あとがき」で――

現在勉強中の、あるいは、新進の若いエンジニアの皆様が、未来に対する夢をもつことの重要性を、感じないではいられません。
 本書は、こういった筆者の考えから、とくに、若い電気関係のエンジニアの方々に夢をもっていただくために、科学解説的な意味を含めて書いた、SFストーリーです。

 と書いています。その目的は見事に達成されているのではないでしょうか。
 石原藤夫は小説のなかで、さまざまな提言を行なっています。たとえば、「第三話 極低温送電システム」では――

「いまの地震はマグニチュードでおそらく8をこしているでしょう。それでも事故はなかったのですか」
 アキツはすこし拍子ぬけした声で、たずねた。
 室長はわらっていった。
「いや、もちろん各所で故障はおこったさ。しかし、送電システムにしろ、通信システムにしろ、ひとつのルートでできているのではない。重要なシステムほど、多ルート方式を採用している。だから、一個所が不通になっても、他のルートで電力にしろ情報にしろ、送られてくるのだ。げんにきみ、こうやって各地の被害状況が送られてきており、テレビ電話も、研究所への送電もすぐに復旧してしまったのだからね。すべて多ルート・システムのおかげなんだよ」

 これを読んで、先の地震と原発事故を想起するのは、私だけではないと思います。原発関係者が石原藤夫のような考えの持ち主であったなら……。

          *               *               *

 以下、2009年6月30日の記事「石原藤夫のショートショート」への補遺です。
『海洋未来物語Ⅰ ―海のタイムトラベル―』SF資料研究会・ハードSFブックス(87)
『海洋未来物語Ⅱ ―海のタイムトラベル―』SF資料研究会・ハードSFブックス(87)
 このⅡには巻末に《SFショート集》として6編のショートショートが収録されています。「作品略解」によれば、「付録として付けたSFショートショート6篇は、1971年1月から6月にかけて福島正実さん、光瀬龍さんなどと交代で『公明新聞』に掲載されたものです」とのこと。実に貴重な資料ですね。
 ちなみに、『海洋未来物語』は、「掲載されたのは『科学朝日』の1970年9月号~1971年8月号で全10話12回にわたって連載されました」であり、「一応連作長編としては私の初めての作品(もっとも同じ時期にカッパノベルズから出た厳密な意味では唯一の長篇である『コンピュータが死んだ日』を書いていましたが)」なのだそうです。
『コンピュータが死んだ日』! 懐かしいですねえ。同時進行でこんな作品も書かれていたとは知りませんでした。
海洋未来物語Ⅰ.jpg 海洋未来物語Ⅱ.jpg コンピュータが死んだ日.jpg
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映画『失はれた地平線』

 へえ。筒井康隆『家族八景』がドラマ化ですか。
 七瀬を演じるのは……木南晴夏という女優さん。知らないなあ。――と調べてみると、おお、『勇者ヨシヒコと魔王の城』のムラサキでしたか(笑)。
 あのムラサキがどんな七瀬を作ってくれるのか、楽しみです。

 さて。
 2週間くらい前でしたか、『別冊宝島 このビデオを見ろ! 第④集 ファンタジー・SF・ホラー篇』JICC出版局(90)というムックを買いました。
 約30年前、ビデオデッキの登場は、私たちの生活を一変させました。それ以前は――
 テレビ番組は、その放送時間帯にテレビの前にいなければ観られない。過去の映画を観るには、テレビ放映を待つか、どこかの劇場でリバイバル上映されるのを待つか、あるいは大枚はたいてフィルムを買うか……。
 ビデオデッキのお陰で、家庭でテレビ番組の録画ができるようになり、好きなときに好きな映画を観られるようになったのです。
 そこらじゅうにレンタルビデオショップがオープン。1980年代後半は、まさにビデオが花盛りの時代だったと言えるでしょう。メジャーな映画からマイナーな映画まで、どんどんリリースされます。いやあ、嬉しかったですねえ。楽しかったですねえ。観まくりましたねえ。
 このムックの発売日は1990年1月2日です。すなわち、1980年代のレンタルショップに並んでいた映画がどどーんと紹介されているのです。古本屋で見かけて手に取り、ぱらぱらと眺めているだけで、懐かしさに身悶えしてしまいました。
 購入して帰り、適当なページを開いては読んでいたところ、妙に『失はれた地平線』が気になりました。映画は1937年に製作。ジェイムズ・ヒルトンの原作は1933年に出版。ユートピアSFの古典です。
 面白そうだなあ。この映画、観てないよなあ。何年か前、ビデオを買ったけど、放置しちゃってるんだよなあ。そういえば、原作の小説も読んでないよなあ。確か中学か高校のころ、新潮文庫版を買ったよなあ。40年も放置しちゃってるなあ。
 ということで、ビデオ鑑賞。
 う~~~ん。面白いことは面白いけれど、132分は長いかなあ……。
 いささか冗長に感じてしまいました。
このビデオを見ろ!.jpg 失はれた地平線.jpg 失はれた地平線(酣燈社).JPG 失われた地平線(新潮文庫).jpg
 書影は、たぶん本邦初訳『失はれた地平線』酣燈社(50)、10代半ばに買ったまま放置している『失われた地平線』新潮文庫(59)です。
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「別冊新評」

 ゆえあって、「別冊新評」の並んでいる書棚に目を向けました。1冊まるまる1人の作家(例外もありますが)に焦点を当てた特集雑誌です。
 うちにあるのは――
◎別冊新評・第32号「北杜夫の世界」S50/4/15
◎別冊新評・第37号「筒井康隆の世界」S51/7/10
◎別冊新評・第38号「畑正憲の世界」S51/10/10
北杜夫の世界.jpg 筒井康隆の世界.jpg 畑正憲の世界.jpg
◎別冊新評・第39号「星新一の世界」S51/12/10
◎別冊新評・第40号「稲垣足穂の世界」S52/4/10
◎別冊新評・第41号「SF―新鋭7人特集号」S52/7/10
  *山田正紀・かんべむさし・横田順彌・津山紘一・山尾悠子・堀晃・鏡明
星新一の世界.jpg 稲垣足穂の世界.jpg SF―新鋭7人特集号.jpg
◎別冊新評・第46号「平井和正・豊田有恒集」S53/10/10
◎別冊新評・第49号「山田風太郎の世界」S54/7/10
◎別冊新評・第57号「都筑道夫の世界」S56/7/10
平井和正・豊田有恒集.jpg 山田風太郎の世界.jpg 都筑道夫の世界.jpg
 私の読書傾向(当時)がもろに出ていますね(笑)。
 いやあ、どれも本当に楽しかったです。背表紙を眺めているだけでも、じんわりと当時の思いが浮かんできます。ことにSF作家の4冊――「筒井康隆」「星新一」「新鋭7人」「平井和正・豊田有恒」は、その後も折に触れて読み返したものです。
「別冊新評」の全貌は知りませんが、広告ページを見ると、梶山李之、大藪春彦、澁澤龍彦、遠藤周作、唐十郎、野坂昭如などの特集号もあったそうで、興味をそそられます。「別冊新評」の総リスト、ないのかしらん。
「別冊新評」のなかには、のちに改訂の上、単行本として再発行されたものがあります。これまた全貌は知りませんが、うちにあるのは『筒井康隆の世界』(S54/2/20)、『北杜夫の世界』(S54/6/1)、『星新一の世界』(S55/6/15)の3冊です。
筒井康隆の世界(単).jpg 北杜夫の世界(単).jpg 星新一の世界(単).jpg
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「逆王手」の夜

 プロ野球・日本シリーズの第6戦をテレビ観戦していました。日本シリーズ第6戦といえば、「逆王手」です(笑)。あの「逆王手」の夜から早くも1年が経ったんですねえ。
 つい先ほど、試合が終わりました。中日が勝って、逆王手をかけたそうで……。
 昨年も書きましたが、「逆に」王手をかけたわけではないんですよね。どうして「中日も王手をかけた」と言えないんでしょう。言ってはいけないのかなあ。
 で、ふと思いついたので提案します。どうしても「なんたら王手」と言いたいのでしたら、「先王手」「後王手」というのはいかがでしょう。今年の場合でしたら、「ソフトバンクが先王手をかけ、中日が後王手をかけた」となります。これなら私も納得です。どうぞ、ご一考を。>スポーツ・マスコミの皆さま
 おっと。私は使いません。王手という言葉を使うのでしたら、「ソフトバンクが王手をかけた」、「中日も王手をかけた」と言います。

 それはともかく――
 今年の日本シリーズは緊迫感がありますねえ。こういうのを玄人好みと言うのでしょうか。もっとも、面白いかどうかと問われると、首を傾げざるを得なくて……。まあ、去年の日本シリーズが面白すぎたということもあるのですけれど……。
 明日に期待します。
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小松左京・追悼本など

 本日スタートの「ちくさこしょこしょ市」に行ってきました。
会場風景.jpg いい感じの本が並んでいて、期待したのですが、残念ながら私の買う本はありませんでした。会場の広さの割に本の数が少なかったですけれど、これから徐々に補充されていくそうです。会期は今月27日まで。もう1回くらい覗いてみようかな。
 会場は新刊書店の2階です。古本は買いませんでしたが、新刊はたくさん買いました。
 まずは、小松左京・追悼本。
◎「小松左京マガジン 第43巻 小松左京追悼号」発行:イオ/発売元:角川春樹事務所(11)
◎「文藝別冊 追悼 小松左京 日本・未来・文学、そしてSF」河出書房新社・KAWADE夢ムック(11)
◎『完全読本 さよなら小松左京』徳間書店(11)
 ほかにも気になる本がありましたが、この3冊だけにしました。
小松左京マガジン.jpg 追悼小松左京.jpg さよなら小松左京.jpg
 続いては――
◎伊藤典夫編・訳『冷たい方程式』ハヤカワ文庫SF(11)
 その昔、やはりハヤカワ文庫SFで同タイトルの本が出ていましたが、その新装版ではありません。旧版と新版の重複作品は2編です。
 以下の2冊も、ご参考のために書影をアップしておきます。
◎伊藤典夫・浅倉久志編『SFマガジン・ベスト① 冷たい方程式』ハヤカワ文庫SF(80)
◎浅倉久志・伊藤典夫編『SFマガジン・ベスト② 空は船でいっぱい』ハヤカワ文庫SF(80)
冷たい方程式.jpg 冷たい方程式(旧).jpg 空は船でいっぱい.jpg
本の雑誌.jpg 最後は「本の雑誌」12月号です。
 お目当ては代島正樹「「ほんとひみつ」殺人事件!?」。――たったの4ページですから立ち読みで済まそうと思っていて、実際、立ち読みしてしまったのですが、なんだか手元に置いておきたくなりました。
 代島正樹は激レアSF本の超絶コレクターです。その代島正樹のビョーキぶり(笑)がこの4ページに集約されています。いやはや、すごいな。ボーゼン! であります。
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絵物語「猿の手」

 ゆえあって、しばらく前から古い雑誌の調査をしています。先日、新たな「ゆえ」が増えまして、現在は「ゆえゆえあって」になっていますが(笑)。
 古い雑誌って、何が掲載されているのか、現物を手にして中身を見るまでわかりません。ほんと、「開けてびっくり玉手箱」なんですよね。
目次.JPG
           耽奇ミステリーよみもの.jpg
「耽奇ミステリー よみもの 探偵倶楽部」1959年2月号を見ていましたら――
 おやおや。こんなところに「猿の手」が!
 私はジェイコブス「猿の手」が大好きなんですよね。(先月下旬の記事でも、ちらと書きました)
 目次ではこんな感じ(写真)です。端っこに小さく掲載されているだけで作者名も書かれていませんが、当該ページを見ますと、間違いなくジェイコブスの「猿の手」なのでした(嬉)。
猿の手4.JPG 猿の手2-3.JPG 猿の手1.JPG

バンビ・ブック.jpg【追記】
 古い雑誌の話題ついでに――
「バンビ・ブック」第18号(1958年9月発行)は「空飛ぶ円盤なんでも号」です。この号には小隅黎(柴野拓美)や星新一も寄稿しています。その紹介が実に興味深くて……。
 小隅黎:筆者は空想科学小説家
 星新一:筆者は日本空飛ぶ円盤研究会会員
 当時はそういう立場だったんですね。まさに隔世の感!
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『海底二万里』の謎

 ゆえあってハヤカワ・SF・シリーズを眺めていまして、ふと思いました。高校生か大学生のころ、「ん? 装幀が違うぞ」と購入し、いまだに疑問がくすぶっている本があるのです。

海底二万里.jpg 海底二万哩.jpg 海底二万リーグ.jpg 背.jpg
『海底二万里』HAYAKAWA POCKET BOOKS 512(昭和30年4月15日 印刷発行)
 村上啓夫訳。装幀:浜田稔。「里」には「リーグ」とルビ。背には「ポケットブック」、奥付には「HAYAKAWA POCKET BOOKS №510」とあります。定価200円。
『海底二万哩』HAYAKAWA POCKET BOOKS 512(昭和30年12月31日 印刷発行)
 村上啓夫訳。装幀:中根良夫。背には「H・P・B」、奥付には「HAYAKAWA POCKET BOOKS №510」とあります。定価200円。
『海底二万リーグ』ハヤカワ・SF・シリーズ 3034(昭和37年6月30日発行)
 村上啓夫訳。装幀:中島靖侃。定価290円。

 ハヤカワ・SF・シリーズ版はともかく、ハヤカワ・ポケット・ブックの2冊ですね。わずか8ヵ月後に、タイトル変更の異装版が出ているのですよ。これには、いったいどういう意味があるのでしょうか。
 曖昧な記憶ですが、『海底二万里』を先に購入。1年も経たないうちに『海底二万哩』を買ったような気がします。こういう、ビミョーな差異のある異装版、大好きです(笑)。

【註】いつもは「ハヤカワSFシリーズ」と書いていますが、この記事に限り、正確さを重視して「ハヤカワ・SF・シリーズ」と表記しています。

【追記】
世界SF全集.jpg はたと思いついて、村上啓夫訳の同作品、タイトルの変遷を調べました。
 早川書房・世界SF全集版(1970年1月31日初版発行)では『海底二万リーグ』になっています。また、これは現物確認していないのですが、講談社・世界名作全集版(1967年3月発行)では『海底二万里』となっているようです。
 つまり――
『海底二万里』('55)→『海底二万哩』('55)→『海底二万リーグ』('62)→『海底二万里』('67)→『海底二万リーグ』('70)
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「EQMM」31号

「エラリイクイーンズミステリマガジン」31号(1959年1月号)といえば……。
 都筑道夫がフレドリック・ブラウンのショートショート「模範的殺人法」を訳載。「舶来小咄由来」と題する解説で、「こうしたごく短い作品を,アメリカではショート・ショートと呼んでいる」と……。(拙著『ショートショートの世界』62~63ページ参照)
EQMM31.jpg これが日本におけるショートショートという名称の初紹介ではないのですけれど(この記事とかこの記事参照)、日本ショートショート史において非常に重要な一文であることは確かでしょう。
「エラリイクイーンズミステリマガジン」には帯が付いている号もあるという話は聞いていましたが、創刊当初の数号だけだろうと思っていました。まさかこの31号にも帯が付いていたとは……。
 古書店で見かけて「うほほ」と思わず声を漏らし、帯付だからと言って特にプレミアが付いているわけでもないことに感謝しつつ、買っちゃいました。
 珍しいと思いますので、書影を掲載します。
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映画『ソイレント・グリーン』

 映画『ソイレント・グリーン』を観ました。原作はハリイ・ハリスン『人間がいっぱい』ハヤカワSFシリーズ(71)/ハヤカワ文庫SF(86)です。
 人口爆発した未来世界(映画では2022年)を舞台にしたSF映画。若いころに観たはずなんですが、衝撃の(でもないかな)のラスト以外ほとんど覚えていなくて、驚くやら情けないやら。ここまで忘れていると、初めて観るのと同じですね(苦笑)。
 感想は……。う~~~ん、どうなんでしょ。まあ、可もなく不可もなく、ってところでしょうか。かすかに残っている印象では、もう少し面白かったような気がするのですが……。
人間がいっぱい.jpg 映画と小説では、舞台となる時代が違っています。ハヤカワSFシリーズ版のストーリー紹介から引用しますと――

1999年夏。そのころ世界は、―中略―あらゆる燃料資源が枯渇し、地表が毒され、動植物が絶滅に瀕した地球の上で、70億の人間が飢え、ひしめき、憎みあいつつみじめな日々を送っていた……

 現実世界では、つい先日――10月31日に世界の人口が70億を突破したんですよね。SF作家の未来予測よりも10年あまり遅れました。
 ちなみに、人口爆発をテーマにしたSFで私が最も好きなのは筒井康隆の短編「人口九千九百億」です。たぶん中学2年か3年のときだったと思いますが、笑いながら読み、読み終えて呆然としてしまったことを覚えています。
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ドラマ『妖蝶記』

 ひょんなことから、香山滋「妖蝶記」がドラマ化されていることを知りました。
 この記事ほか、何度か書いていますように、私は香山滋の大ファンです。好きな作品は多数ありますが、思い入れという点でナンバー1は、文句なしに「妖蝶記」です。
 私が「妖蝶記」を初めて読んだのは、忘れもしません、怪奇幻想小説専門誌「幻想と怪奇」第6号(1974年3月号)でした。もちろん再録で、初出は探偵小説専門誌「宝石」1958年1月号です。
幻想と怪奇.jpg 宝石.jpg
 いやもう、大袈裟な表現ではなく、ぶっ飛びましたね。この1作で、完全KO。香山滋の著作を求めて古本屋を回りまくったのは懐かしい思い出です。ふと思いましたが、この行動パターン――「わっ、面白い。もっと読みたい。古本屋を回るぞ」は、あれから40年近く経った現在でも変わっていませんね(笑)。
 それはともかく――
 そんな「妖蝶記」がドラマ化されていると知っては、観ないわけにはいきません。DVDを入手して、さっそく鑑賞しました。
DVD.jpg 紹介.JPG
 うっ。こ、この時代設定は……。「小間使いのアサ」が「メイドのアサ」になっちゃったりして、この違和感は厳しいですね(苦笑)。
 ストーリーは原作に忠実で――忠実すぎるくらい忠実でした。少し照合しただけですが、セリフもほとんど原作と同じようです。役者の演技や特撮など、不満な点は数多くあったとはいえ、原作をミョーな具合に改変していないのは嬉しかったですね。
 自主制作作品ということで、正直なところ、まるっきり期待していなかったのですが、けっこう楽しく観られました。



「妖蝶記」は多くの作品集やアンソロジーに収録されていますが、この短編を表題とする作品集は、以下の3冊です。
『妖蝶記』講談社ロマン・ブックス(59)
『妖蝶記 代表短篇集 下』牧神社・異色絵本叢書(75)
『妖蝶記 香山滋傑作選 Ⅲ』教養文庫(77)
ロマン・ブックス.jpg 牧神社.jpg 教養文庫.jpg
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『第四次元の小説』

 私は〈悪魔との契約〉ものの短編やショートショートが好きで、自分でも決して少なくはない数の小説を書いています。
 アーサー・ポージス「悪魔とサイモン・フラグ」はこのジャンルの忘れられぬ名作として、私の脳内に深くインプットされています。悪魔に〈フェルマーの定理〉を解かせるという話です。
 読んだのは、確か中学3年のころだったでしょうか。私はこの作品で初めて〈フェルマーの定理〉なるものを知ったんですよね。で、ミョーに興奮してしまったことを覚えています。
 ちょっと読み返す必要が生じて、この作品が収録されているアンソロジー――C・ファディマン編『第四次元の小説』を手に取りました。三浦朱門訳。
 この本は3回刊行されています。

◎荒地出版社(1959年8月30日初版)
 全10編+三浦朱門「あとがき」
◎荒地出版社(1971年4月30日改訂初版)
 全10編+三浦朱門「あとがき」+本間龍雄「(付)第四次元空間への招待」
◎小学館・地球人ライブラリー(1994年9月20日初版第1刷発行)
 全7編+吉永良正「コラム」+三浦朱門「あとがき」+森毅「解説」+「リスト・オブ・ブックス」
初版.jpg 増補改訂版.jpg 地球人ライブラリー.jpg
 このうち、地球人ライブラリー版は買っただけで中身をチェックすることなく、放置していました。今回この記事を書くために本を手にして、大幅な変更に気がついた次第。まさか収録作品が減っていたとは……。驚きました。(もちろん、そのことは本に書かれているのですが、中身を見てなかったので)
 それに、三浦朱門の「あとがき」も新たなものに差し替えられているのですね。「SFと私の関わり」という副題が付いて、その内容は――
 うひゃ。星新一とのエピソードではないですか。
 本を持っていながら、これに気がつかなかったのは迂闊でした。
 深~く反省しております。
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『妖怪ポッコちゃん』

妖怪ポッコちゃん.jpg
 菊地ただし『妖怪ポッコちゃん』草土文化(95)

帯.JPG

 19~22ページより――

 久保田さんがいくら聞いても、どこの子かも、名まえも、としも、なんにも、わかりませんでした。
「どこからきたの?」
「あっち……。」
「名まえは、なんていうの?」
「わかんない……。」
「としは、いくつ?」
「わかんない……。」
 久保田さんは、根気よく、名まえを聞き出そうとしました。
「あやこちゃんかな?」
「あやこちゃん……。」
「いずみちゃんかな?」
「いずみちゃん……。」
「うたえちゃんかな?」
「うたえちゃん……。」
 まねをするだけで、手ごたえがありません。
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映画『ブラインドネス』

 映画『ブラインドネス』を観ました。はたと気づくと、映画を観るのはちょっぴり久しぶりです。
 ジャケット表には、タイトルよりも大きな文字で「全世界、失明。」とあり、裏には――
>謎の伝染病により視力を失った人間たちは、
ブラインドネス.jpg>やがてその本性を曝け出してゆく――。
 こんなのを読むと、どうしてもトリフィドを思い出してしまいます。
 過大な期待は禁物と心に言い聞かせながら鑑賞。
 なるほど、TVドラマ『デイ・オブ・ザ・トリフィド』からトリフィドを抜くと、『ブラインドネス』になるわけですね(笑)。トリフィドの脅威がない分、緊迫感は薄れますし、ラストは今ひとつですが、それでも充分に楽しめました。
 ふと思い返せば――
地球最後の男 オメガマン』-ヴァンパイア=『地球最後の女』
 この関係に似ていますが、映画の出来は『地球最後の女』よりも『ブラインドネス』が圧倒的に上と思います。


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探検小説シリーズ

 たとえばこの記事にも書きましたが、私は放送禁止用語に興味があります。
TV放送禁止&放送事故.jpg 本日、近所のブックオフで、『まんがTV放送禁止&放送事故 危ない真相 完全版 危険映像大流出SP』コアコミックス(11)なる本を見かけ、何気なく手に取りました。目次には――
 原作・クエストバイクエスト、漫画・アレク「こんなにあった! TV放送禁止用語」
 おお、面白そうではありませんか。
 そのページを開くと、いきなり――
>「チ●コ」はよくても「マ●コ」はダメなんだよ!!
 うはははは。思わずレジに持っていってしまいました(笑)。
 ということで、〈探検小説シリーズ〉――1960年ごろ、理論社から発行された叢書です。
アンドロメダ時代.jpg マンモスの狩人.jpg ほらふき船長航海記.jpg
勇敢なマンコの冒険.jpg わが宇宙への空想.jpg

【追記】11月5日
 山本孝一さんのコメントで、つボイノリオが懐かしくなりました。
 you tubeを検索し――

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ちくさこしょこしょ市

 私がちょくちょく利用している新刊書店「ちくさ正文館本店」で古書市が開催されるそうです。今月18日から27日まで。これは楽しみですね。もちろん私も一度は足を運ぶつもりです。
ちくさこしょこしょ市.jpg
 案内チラシをもらった日、この店で紀田順一郎『幻想怪奇譚の世界』松籟社(11)を買いました。日本推理作家協会賞(評論部門)を受賞した『幻想と怪奇の時代』松籟社(07)の姉妹編です。
 前著は本当に面白かったですねえ。新著も読むのが楽しみです。
幻想と怪奇の時代.jpg 幻想怪奇譚の世界.jpg

【追記】11月4日
『幻想と怪奇の時代』の「第Ⅰ部 幻想書林に分け入って」は、2005年10月30日、北島町立図書館・創世ホールで行なわれた講演会の演題をまとめたものです。
 残念ながら、この講演を聴くことは叶わなかったのですが、チラシを持っていることを思い出しました。
チラシ.jpg チラシ(裏).jpg
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ファンジン「ブルードリーム」

 昨日の記事の続きです。
「S-Fファンジン」を読んでいたら、関口芳昭「ぼくのファン活動なぐり書き 柴野さんのことなど」のなかに――
> ブルードリーム。ブルドリと略されるこのグループは、
>後にSF界初の国会議員となる鈴木陽悦氏が創立。
 おお! 「ブルードリーム」かあ。――と、第15号(1972年8月19日発行)を手に取りました。この号の表紙は星新一の手によるものなんですよね。目次ページには「表紙……星新一」と書かれています。(左が表紙、右が裏表紙)
 星新一が表紙を手がけたファンジンといえば、つい最近、「宇宙気流」68号(1969年11月20日発行)の表紙がホシヅルであると知りました(このサイト参照)。目次ページには「表紙は星新一<ホシヅル>―作者承認ずみ」と書かれています。SF界は昔から、プロとファンの距離が近かったのですね。
表紙.jpg 裏表紙.jpg
 以下、ごく一部の読者(笑)へのお知らせです。
「ブルードリーム」15号には加藤義行「日本SFファンダム史の試み<第一回>」が掲載されています。全5ページで、採り上げられているのは森の道社の「星雲」、おめがクラブの「科学小説」。第二回以降については不詳です。
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「S-Fファンジン」

 全国の中高年SFファンよ、
 結集せよ!
 今は仕事などしている時ではない!!
                              難波弘之

 ということで、遅ればせながら本日、「S-Fファンジン」全日本中高年SFターミナル(2011年8月13日発行)を入手しました。ただ今、読んでいるところです。
 SF同人誌――いわゆるファンジンなのですが、(初期の)「S-Fマガジン」を模した体裁は見事と言うしかありません。書影の真ん中は「S-Fマガジン」創刊号(1960年2月号)です。ロゴがそっくりなだけではなくて、表紙イラストレーターも両誌とも中島靖侃なんですよ(驚)。おっ、小さな字でそれぞれ「空想科学同人誌」「空想科学小説誌」と書かれておりますね(笑)。
 内容も、まだ巻頭の難波弘之「檄! 大ファンジン宣言!!」、座談会「ぼくたちはなぜSF大会を開いたか?」を読んだだけなのですけれど、楽しくて楽しくて……。こんなの、たまりませんね(嬉)。
 本誌はファンジン「BAMU」「イスカーチェリ」「科学魔界」の40周年を記念した、3誌の合併号だそうです。このうち「イスカーチェリ」とは、ほんの一瞬ですけれど、関わりがありました。第21号(1981年12月20日発行)にエッセイを寄稿したんですよね。あれからでも30年ですか。う~~~~~む。
SFファンジン.jpg SFマガジン.jpg イスカーチェリ.jpg
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